2011年6月 2日 (木)

ハシゴは大事だよ~思考プロセスを残す~

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今日、横浜デジタルアーツWEB科のインターフェースデザインの授業に参加させてもらって、ラダーリングの実践を初めて見ました。ものごとの発想は、「何を見て」「どう考え」「どんなアウトプットをしたか」の三段階で説明すると納得してもらいやすい。

今回のラダーリングは、被験者へのインタビューから得られた事象を一番下に並べ、それらのいくつかの塊から浮き出てくる行為を二番目の段に書き、つまり被験者が本当にしたいことって?という本質的要求を一番上に、まるでハシゴを登って行くように、カードを貼っていく作業である。

本質的欲求

行為

事象

デザイナーの発想ジャンプ

デザイナーなら、段階を踏まなくてもネタをざっと頭に入れればアイデアばんばん浮かぶだろって、浮かばないのは才能ないんじゃないのって、そんな奴らと一緒にすんなよって、思うかもしれない。

私も若いころは(笑)そうだったから~・・・

親がコドモの成長記録写真を整理しやすい写真ソフトを企画するとき、

「仕事もあって忙しいおかあさん」

「かわいい娘との時間を最優先したいからなかなかパソコン触れない」

「いつか大きくなったとき見せてあげられるように整理しておかなきゃと思ってる」

って「事象」があって、「そうか!じゃあさ、コドモと遊びながら整理できるソフトにしたらいいんじゃないの」ってすぐひらめいて、似たものどうしを集めてタグ付けするゲームとか、好きな写真を選んでサイズを変えるゲームとか考えた。

後から開発の人に「どうして、コドモと遊べるソフトにしたらいい」ってなったのか理解できないと、発想をプロセスの説明を求められたので、自分がなんでそうひらめいたのか、考えてみたんだけど、なかなか説明が難しかった。

後からいつでも来られるようにハシゴかけとこ。

デザイナーだと、発想の途中段階がブラックボックスで思い出せないほど、自分の想像力のとび具合を自慢するだろう。

でもなー、これからは、後からくる人のためにも、自分で振り返るときのためにも、ちゃんと事象とアイデアの間に何が起こったのかを思い出して、一段一段ハシゴをかけておかないといけないんだよね。

そうすれば、できあがったインターフェースに何か問題があったり、一部エンハンスするときに、どこを手直しすればいいか判りやすいってことで、変化が速いWEBデザイン、サービスデザインを志すなら大切なスキルになってくるんだろうなって。

ちなみに、さっきの「忙しい母親」(事象)から「コドモと遊びながら写真が整理できちゃうソフト」(アイデア)の間にあった一瞬の思考プロセスは、以下のようなものではないかと思う。

「忙しい母親」「娘との時間を大切にしたい」

「空き時間ができたら娘と遊ぶだろう」

「写真を見ることが、娘と遊ぶことだったらどう?」

「遊びながら整理できたらどう?」

「絵合わせみたいなゲーム感覚で写真整理できるソフト」

・・・

(デザイナーの暗算力ってすごいね・・・)

2011年5月22日 (日)

第七回情報デザインフォーラムに参加しました!

5月21日(土)、横浜ゲーテ座で行われた情報デザインフォーラムに参加しました。

「災害から身を守り、情報を伝え合うためのデザイン」

http://cottostreet.blog.so-net.ne.jp/2011-04-26

3年前に初めてこの集まりに参加したときもゲーテ座で、そのとき「横浜の地図をつくろう」というワークショップで、山手地区の坂道の地図を作ることにしたために、ゲーテ座と元町の間の坂道をいったりきたりしたしんどさを思い出す。

昨日は明らかに、3年前より体力なかった。いかんいかん。

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震災から2ヶ月あまり経過し、何が被災者の生死を分けたのか、証言や調査によって、徐々に明かされていく今日この頃、NHKスペシャルで、家の屋上に逃げて死にそうな目にあった生存者が「逃げない理由を考えてぐずぐずしてしまった。番組を見ている人に伝えたいことは、考えないでとにかく逃げてということ」と言っていたのを覚えている。

一方、「津波てんでんこ」というユーモラスな標語が浸透している沿岸部の、特に小中学生は津波=逃げるというふうに、考えずに本能的に高台へ移動し、難を逃れた。飼い犬に促されて高台へ逃げ延びた高齢者もいた。緊急時は、考えないほうがいいんじゃないか。

それで私はワークショップのメンバーに、何も考えず高台に逃げるようにするにはどうしたらいいかがポイントだと伝えた。メンバーの中には、津波警報の伝え方次第ではないかという人もいたが、警報は鳴っていたし、避難訓練もされていた。でも逃げなかったのは、考えてしまったからではないのか。

最終的にメンバーの合意をいただいて、「Don't Think」というポスターにさせてもらった。

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チームの結論

◆子供の素直さを利用する

子供は「津波てんでんこ」とシンプルな教訓を叩き込めば「なぜ」とか言わずに素直に逃げる。逃げる人間を見ると、他の人たちも逃げたくなるだろうし。

◆トップダウンも時には効果的

南三陸町で最後まで「逃げて」とアナウンスして被災した防災課の女性はかわいそうだったと思う。それでも逃げなかった住民がいたというのは驚き。もしあのとき、いつもの女性じゃなく町長がマイクを握ったらどうだったのか。エマージェンシー度が伝わったのではないかと(飛行機のアナウンスが機長からだということ聞く乗客みたいな・・)。

地域コミュニティがうすい都市部ほど、自治体が担うところは大きそうだ。

◆避難行動をゲーム化

街の運動会で例えば「借り物競争」のようなスタイルで、サイレンが鳴ったら高台へ走っていく競技を、オトナからコドモまで参加して楽しむ。災害時にサイレンが鳴って人がワサワサ動き始めると、なぜか高台に行きたくなるに違いない。

以下は、後で思いついたこと。

◆高台を楽しい場所にする

「100回警報が鳴っても99回は津波がこない」と被災者が言っていた。無駄足でもいいから高台に行けばいいじゃんと思う。子供なら、授業を中断して高台にいって、友達とわいわいするのはむしろ楽しい。

高台には御茶屋をつくる。

高台には見晴台をつくる。

もし津波が来なくても、友達にあって少しおしゃべりできる、そういう場所にする。

1000年伝承するのは並ではできないけど、風習にすることで残っていくかと思う。

なぜだかわからないけど、そういうことになってます。・・というやつです。

やってみての感想

予習は大事。

意外と予習していない人が多かったので、ステレオタイプなアウトプットもあった。

せっかくの3.11という事件を無視する手はないから、事実からスタートして考察を深めたほうが良いと思うのだ。

そういった意味では、原田先生の「わかるプロセスもデザインする」は、今回のテーマにはちょっと違うように思ったのです、すみません。なぜ逃げなきゃいけないのかなんて、考えさせちゃいけないのです。

中川憲三さんのピクトや街づくりデザインのお話は、それがあるといいから作るというスタンスで、誰でもまねできる手法ではないけど、大変参考になった。「町をきれいに」という横断幕のデザイン依頼があったとき、横断幕は街の景観を損なうからと断ったというエピソード、痛快だった。

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女川のご実家が被災されたというチューブグラフィックスの木村さんが終始一貫して、今回のワークショップの意義を説明してくださり、参加者のモチベーションに繋がったと思う。

関係者のみなさま、今回もありがとうございました。

2011年4月 4日 (月)

災害で価値観は変わるか?「ポスト311のケータイ産業」イベント参加報告

4月3日、日曜日の昼間に開催されたイベント「ポスト3.11のケータイ産業」に参加してきました。

■イベント告知ページ

緊急イベント「ポスト3.11のケータイ産業」開催のお知らせ
http://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2011/03/31/entry_30021386/

■参加した目的

昨年から急速に進んできた「スマートフォン・シフト」が、震災後の消費マインド低下によってつまづくのか、それともスマートフォンの必要性や存在 感がより強まり、もっと多くのユーザーに普及させる動きにつながっていくのか。自分で考えても仕方がないので、いろいろな人の意見を聞いて考える ヒントにしたいと思い、参加しました。

■1.震災を受けてケータイに対する意識はどのように変わったか?

・ワンセグ、PHS、Skype、メールは使えて、電話は使えなかった。初動の情報収集で一番役立ったのはワンセグ(電池の心配はあり)。 Skype、Twitterは使える人と使えない人との差が出た。震災後TwitterやFacebookユーザーが増えたので今後の情報ルート は強化されたのではないか。今は親に「これを見ておけ」と言える情報手段がない。

・首都圏では自分のことで精一杯で被災地がどうなっているか考えが及ばなかった。被災地では通信が根こそぎダウンしていた。瓦礫の下から救出され た2万人。携帯が微弱信号を発信しつづけたらもっと救出がはかどったかもしれない。

・自治体の対応は富士宮市が一番。東京都のサイトには役立つ情報は載らなかった。緊急地震速報は慣れてくると誰も避難しない。Twitterなど の情報共有があったおかげで落ち着いて行動できたのではないか。

■2.震災後の復興に、ケータイ産業が果たすべき役割は何か?

・今年度のGDPは前年度比-15~-20%と言われている。スマートフォン・シフトに影を落とすかどうかはやり方次第。docomoの ExperiaやMediasはバカ売れしている。震災の教訓で、スマホにも地震速報(エリアメール)機能を搭載するとか、ワンセグ・Wifiを 標準機能にするとか。

・ホンダのカーナビがプローブ情報を公開して、被災地道路の復興状況が判るようにした。復興は元の状態プラスアルファの新しい社会に「前向きに経 済を働かせていこう」。

・災害時いちばんやりたいことは身近な人の安否確認。被災地に衛星電話が到着するまで家族との連絡ができなかった人がいる。衛星基地局の増設、 ソーラー運用など、大災害に耐えるインフラ作り。

■感想

・参加目的「多様な意見を聞いて自分が考えるためのヒントをもらう」はまあまあ達成できたと思います。

・震災が黒船のように古い価値観をガラリと変えそうな予感というか変えるチャンスだと感じています。古い枠組みに阻まれて却下された過去のデザイ ン提案が今なら通るのではないか?お蔵入りしたデザイン提案を今こそ発掘しよう!

■togetter

http://togetter.com/li/119304

この中でワタシ、司会しゃべりすぎとかワガママ言ってますけど。どうもがまんできんかった。

2011年3月20日 (日)

エコな働き方

震災後、深刻な電力不足で、世の中の消費電力が減らせないか待ったなしになった。私はエコな働き方を常に推奨しているので、それについて書いてみようと思う。エコな働き方というのは、なるべく残業しないで計画的に無駄なくなおかつアウトプット品質を向上させるワークスタイルである。

ワークスタイルに問題意識が芽生えた閑職時代

私がワークスタイルに興味を持ったのは、2007年頃に会社で異動があり、それまでのコンシューマー製品のデザイン担当から、会社上層部のビジョンを可視化するビジョン開発担当になったのがきっかけだった。

ビジョン開発という名前だけ聞くとかなりアンビシャスな印象を受けるが、実際はものすごい閑職で、偉い人が話した事業計画をスケッチに起こし、イラスト制作会社に発注するだけだったから、一日の大半はネットサーフィンみたいなものだった。

だからグループのメンバーは子育て中でいつでも早帰りしたい女性とか心の病気の人とかで、とても会社のビジョンを担うような仕事はできない状況だったと思う。それでもいるメンバーでもアイデアを出したり情報共有したりできないかと、ファシリテーションの講習を受けた。

講習のあとは自主的にファシリテーションを受け持ち経験を積むにつれ、いい仕事の成果を出す鍵はファシリテーションにあるということが改めてわかった。

鍵はファシリテーション

ファシリテーションする人=ファシリテーターは、業務を円滑に促すためにありとあらゆる手を打つ人で、会議の準備・進行・まとめをやるのはもちろん、プロジェクトの方向を明確にし、メンバーの知を最大限いかしてできる最高の答えを導き出す人。

最初のアイデアを考える人、そのアイデアを現実的に膨らませる人、現実的になった企画の実現性を固めていき商品にする人、出来上がったものをプロモーションする人。それらの人々の手から手へテーマがリレーされて、新しい価値が商品になっていくサイクルで重要なのは、中心にいてメンバーを見渡し促すファシリテーター。

自分を優先する体質からの脱却

コンシューマー製品のデザインをしていたころは、新しいアイデアや改善案を提示しても、他社がやっていないとか、開発コストをかけても本当に売れるのかとか言われて却下されてフラストレーションをためていた。また、企画に合わせたデザインを作っても急にわけのわからない方向修正に遭って、ほとんど100%のやり直しが発生することも多かった。

今振り返ると、お客様のことを考えてる人がひとりもいなかった。

デザイナーである私でさえ、自分の感覚で「これはいい!」とひらめいたものに社会や技術の裏づけをして説明していたに過ぎなかった。だから自分中心で議論している開発メンバーと同類で、彼らを無理やり自分の方向へ向かせようとしていたに過ぎない。それではまとまるわけがない。

お客様を中心にした現場現物主義へ

現職に就く前、私は業務用機器のプロダクトデザイナーだった。特定のお客様が使う商品を使いやすく便利でかっこいいものにするために、お客様の現場を知り市場を知ることを大事にしていた。そこから一般商品のUIデザインに転職してしばらく後に違和感を覚え当時のリーダーに「ユーザーの現場を知らなくてもいいのでしょうか」と聞いた。一般商品はお客様を特定できないから、まずはデザイナー自身が常識人として、普通の感覚でデザインすればよい、という答えだったと思う。

しかし今や、万人向けのマスなコトは無料になり、専門的なコトのみお客様がお金を払う時代になって、個々のお客様の価値を考えなければ、売るための商品をデザインすることはできなくなってきた。コンシューマー製品でも、B to B商品のような現場現物主義が必要なのである。

そこからは、いかにしてお客様を中心にした世界観を構築して開発サイクルに載せるかが自分のテーマになっていった。

方向性をたばねてくれるのはお客様

ビジネスだ、作りやすさだ、他社の前例だ、個人的には、と、今までバラバラだった会議が「お客様は誰なのか」「お客様の価値は何か」を中心にすえることによって開発メンバーの目的を合わせられるようになり、前提段階で右往左往したり、決まりかけたものをひっくり返されたりすることがなくなった。何より、ユーザーの気持ちを見える化できる存在として、デザイナーの役割が再評価されている。

会議の成果は目に見えて現れ、ファシリテーションのスキルを身につけたメンバーによって円滑に進められた開発プロセスから、コンセプトが明確な商品が世の中にリリースされる。以前よりもずっと短い開発工程で。

エコな働き方とアウトプット品質を両立する

エコな働き方とアウトプット品質を向上させることは実はつながっているのだ。対立ではなく、連携している。デザイナーなら、最初に出したスケッチが一番美しく、いろんな人の意見をまぜていくほどに輝きを失っていくものだと経験的に知っているはずだ。

階段を一段一段登りながら、絵を描きたいのを我慢して我慢して、しかるべき段階に到達してやっと思いをカタチにする。カタチになったものは、そこまで開発に携わったみんなの子だから、とても大切にされて、ブラシュアップされて、世の中に出て行く。

必要なのは次の3つだ。

・お客様を知り、中心にする活動

・会議を少なく短く解りやすくするファシリテーション

・何時間頑張ったかでなく、どんな貢献をしたかで充実感を得る、働き方の転換

残業しなくてもいいものが作れる、それが普通になることを願って。

2011年3月 5日 (土)

贈り物の価値は、金額よりどう選んだか

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バレンタインデーのあとはホワイトデーである。

私の職場では自由参加ながらもイベント化している。

バレンタインデーでは、女性有志が500円くらいのチョコレートを4~5個買って持ち寄り

それにメッセージカードを添えて、ランダムに同僚の男性達に渡す。

誰に渡すことになるかわからないチョコレートではあるが、活気のあるチョコレート売り場に買い物に行くのは楽しいものだ。毎年少し変化がある。高級なのが人気だったり、バームクーヘンとか変り種が人気だったり、ファッションブランドが進出していたり。

その中で「これは」と思うものを買って、職場に持っていくのである。

多分、他の女性達も同じように、情報やお店で十分吟味した結果のものを買ってきているのだ。

義理とはいえ、その選び方には価値があると思う。

ところがホワイトデーは、ちょっと違う。

バレンタインデーのチョコレートに参加した女性達すべてに、同じお返しが一個ずつ。

つまり、男性たちはお金だけ出して、何を買うか、誰に配るかまですべて若手に丸投げしているわけです。

もらったお返しはさすが、全男性社員がお金を出し合ってくれただけあって、高級そうなチョコレートではあったが、お金を出すだけというドライなリアクションに、いつしか私は職場のイベントに冷めてしまいました。

数年前までは、男性側もチームごとにお返しを買ってきてくれて、ホワイトデーにはそれぞれのチームが吟味したであろうプレゼントが机の上に並んで楽しかった。

多分、もらったお返しを金額換算したら同じだろうけど、贈り物は金額じゃないんだな。

そんなわけで、今年も私は、職場のバレンタインデー&ホワイトデーには参加しないことにしました。

2011年2月19日 (土)

猪子寿之さんのトーク@トーキョーニッチ

 昨夜六本木の東京ミッドタウンで開催された、猪子寿之さん(チームラボ代表)のトークショーを見てきた。主催は「トーキョーニッチ」で、普段はもっとニッチな人を呼んでいるけど、今回の猪子さんは例外的にメジャーな人だ。それでも活動としては共感するので、ぜひとも呼びたかったのだと、司会が言った。

 公式案内 http://www.liaison-center.net/?p=2145

チームラボのパリ「感性展」における映像の空間演出。

 猪子さんからの要望で急遽トークの相手役として選ばれたのはJIDPOの方だったのだが、デムパな猪子さんにするりするりとかわされる会話のボールに悪戦しながらも、いくつか面白い話を引き出してくれていた。さすがは社会人、猪子さんとは対照的であった。

 ☆猪子さんが発する「デムパ」「サセコ」というワードをJIDPOの人は理解していなかった。

 ☆相手が理解していないのをうすうす感じながら自分ワールドを語る猪子さんは完璧に遊んでるかんじ。

 ■チームラボが生まれたきっかけ

 大学に入学した頃インターネットが始まって、これからの社会は変わると感じた。だから、今までの「体制」と一番遠いところで活動しよう、そうだベンチャーしたいと思って。最初は一緒にやってくれる友達がいなかったが、大学三年のときに合コン仲間になった友達に「ベンチャーって合コンより面白いらしいよ」「PCとか要るらしいよ」と誘って、他にも誘って5人でスタートした。

 ■キャッチコピーの「日本再生」について

 もともとデムパだったので、中学生のとき「日本を再生しなければ」と思った。

 ■日本の無限モデル/西洋の有限モデル

 日本にもともとあった無限モデルは、今のデジタルテクノロジーと相性のいい概念なのに、欧米化によって有限概念に支配されている。尖閣諸島の領域にある化石燃料をめぐって国際的にトラブルを起こすよりも、有限なエネルギーに依存しない社会つくりにシフトすればいい。天然ガスや石油はいらないよ、太陽光パネル、もんじゅ、藻発電するからいいよって。

 ネットの社会で、人々はほとんど無意識に、自然に、無限モデルに気がついた。だからネットで「限定1000」とか書いてあると「なに?限定って」ってなっている。有限概念は西洋が作ったおぞましい思想で、資本主義や金融経済に必要だから設定されているのだけども、日本では昔から有限概念が希薄だった。例えば山の木を切ってもまた植えれば無限だ。先進国で日本のような森林70%を維持している国はない。

 アートにしても、北斎の絵の人気が高まれば沢山すって大量発行してしまう。一枚あたりの価格下落は気にしない。すれるだけ無限に。狩野永徳の人気が高ければ、弟子を100人やとって、永徳が生きてる間になるべく沢山の永徳作品を量産しようとする。無限。

 西洋だったら、才能のある画家の絵を生前に安く買い占めておいて、彼が死んでから大々的に個展を開いて高く売るみたいな有限モデルが発展している。でもこれからのデジタルテクノロジーはそうではない。

 ●感想

 有限・無限モデルと旧テク・デジテクとの関係が今回の一番のポイントだと思ったので、 他にもこまごまとした話はいっぱいあって面白かったのだが省略する。

 プロダクト製品を作っている会社でソフトウエアをデザインしていると、有限なものが何で、無限なものが何かと常に意識する。

 有限なものは自社じゃないとできないもの、独自技術だったりブランドだったりするものを指す。ユーザーがあまり意識しないけど、処理速度に大きな影響を与える部分だったりする。

 無限なものはユーザーの体験価値から発想したソフトやサービスだ。これは他社特許に抵触しない範囲でいくらでもシーンから発想して開発することができるので、アイデアとスピードがあればいつまでも続けられる。ただ、すぐ真似をされる性質のものだから、常に新しいことの方へ興味をシフトしていく必要があり、そういうことが好きな人のみ歩くことができる道だ。

 最近は「無限モデル」の割合が増え、プロダクトデザイナーはどうやったら自社の独自性を出していけるか頭を悩ませている。自社がどんな技術を保有して、どんなブランドを持っているのか、有限資産をうまく絡めていくのがポイントだ。

 でもそのうち、もっとITが進んでいくと、無限のことばかりでユーザーのニーズは事足りるようになっていき、メーカーが持つ有限資産は「人」だけになるのかもしれないと思う。人として自立した技術者だけがメーカーの中に生き残り、あとは名のない黒子たち、みたいな構造になっていくのかも・・・と、遠くない未来のプロダクトデザイン環境に思いをはせた。

2011年1月23日 (日)

古い価値観が変わるとき

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司馬遼太郎『播磨灘物語』を読んでいるところ。

主人公の黒田官兵衛は、播州小寺氏の家老で姫路を拠点とする。戦国時代、今後を切り開くのは大国毛利ではなく新興の織田氏であると信じ、羽柴秀吉の播州対策に貢献すべく奔走する。当時の播州は人の価値を血筋で判断するところがあり、百姓から立身した秀吉を軽く見てなびかない。室町時代からの名門である豪族たちは時代の変化に気づこうとしない。

その後のことを考えてみれば、古い価値観にとらわれている人たちは時代の変化を乗り切ることができずに消えるか、はかなくなってしまう運命である。古い前提にとらわれた権力者にチャンスに握りつぶされて悔しい思いをし、最終的に逆転するのは世の常なのでしょう、戦国や幕末など、若い力が古い価値観に挑みチェンジする時代は人気がある。

今は、昔よりもっと変化のスピードが速い。できれば時代を先読みし、自分がとるべき道を見つける側の人になりたいですよね。

戦国時代、群雄割拠が100年近く続いたすえ一気に「織田優勢」にまとまっていったのは鉄砲伝来がきっかけである。幕末を招いたのは黒船。現代の波乱を生み出しているのはインターネットか。上も下もない、日本も外国もない。

2011年1月15日 (土)

テレビを面白くする3つの方法

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21世紀になってから、「放送と通信の融合」と言われてきた。

ケータイでテレビを見たりリモコンしたりできるようになってきたし、PCから家のデッキに録画予約できるし、テレビ見ながら公式サイトやTwitterを手元で見るなんてスタイルもすっかり定着してきたと思う。

でも今、一番問題なのは、テレビ番組がつまらなくなったということだ。

2000年、初めてハードディスクレコーダーを買ったときの動機を思い出してみると、フジロックの長時間番組を高画質で連続で録画することにあった。ビデオテープみたいに媒体入れ替え不要で、好みのアーチストだけ残して削除とか簡単で、ものすごいイノベーションを感じたものだ。

2台目は2003年のDVDレコーダーで、これも好きなアーチストの出演番組を撮りためてDVD化したり楽しんだ。いまだに現役だけどアナログチューナーなので引退である。

3台目は2010年末のBDレコーダー。今まで使ってたデッキに比べると隔世の感。高性能でかしこくて、見たい番組を「見逃さナイス」なエージェントっぷりはさすが。でも見たら消している。下手すると最初の5分くらい見たら消している。残しておきたい番組がほとんどないのだ。

原因1:自分

いそがしいとか、ものごとへの執着がうすくなったため、一度見た番組をあとからまた見るような気がしないので躊躇無く消してしまうとか。新しいタレントへの執着心もなし。

原因2:番組

広告収入がやばくなって、民放は安い芸人や局アナ中心の出演者と低予算企画でしのぐようになってきた。ドラマは終了と同時にDVDや映画化して別収入を狙う動線を作ってはいるけれど、もはや「放送」ではない。放送で面白いのは海外ドラマ、スポーツ中継、ドキュメンタリーくらいかなあ。

とりあえず、私にとってテレビを面白くするには以下の施策が必要と思う。

1.放送局はニッチな番組を大切にする

「ケータイ大喜利」「お願いランキング」を初めて見たときの感動は「なんてくだらないんだ!大好きだ」である。個人的好みをとことん追求したような構成でアングラ感があり、妙な仲間意識が心地よかった。アングラっぽいB級番組も人気が出ると尖ってたテーマがオブラートに包まれて一般人に不快感を与えない≒つまらなくなってしまう。これ、今後は気をつけて欲しい。

2.ドラマを一話完結にしない

一話完結のドラマは内容が薄い。ひとつのテーマを1シーズンかけて追うタイプにくらべたら魅力がないのは仕方が無い。どの時点から見始めた視聴者でも楽しめるようにするには、一話完結が良かったのだろうけど、今後はオンデマンド放送を駆使して、誰でも1話から見始められる環境を作り、良質なストーリーを長い時間かけてつむいでほしい。大河ドラマとか海外ドラマが参考になる。

3.YouTubeを受け入れるべし

テレビ局は録画した番組がYouTubeにアップされると躍起になって削除しているが、なぜなんだろう。スポンサーへの配慮が一番大きいかと思うが、自分達が手間をかけなくても有志が過去番組をアップしてみんなに広報してくれているという発想になれないものか。ネット視聴者が増えてしまったのは、ニッチな内容をオンデマンドで見たほうが面白いからだ。放送はそこを学んで、利用していってほしいと思う。YouTubeのサーバー、使っちゃえばいいじゃん。

ぜんぶ、放送業界への要望になってしまった。

NHKだけは結構できてるのかも。

2011年1月10日 (月)

ハングリーか、満腹か

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ハングリー(飢餓状態)の人に何かを見せたら、最初の一瞬で「食えるか食えないか」判断し、次の瞬間にはくらいついているだろう。

でもおなかが空いていない人に何かを見せるだけでは振り向いてもらえないから、空腹以外のところに響く方法でアピールしなければならないだろう。美味しそうという以外の、これを食べたらお肌にいいとか、見ただけでは解らない価値を。

それと同じことが、先進国でのものづくりにはある。パっと見の美しさだけではもはや買ってくれないのだ。今もっているもので十分満足しているから、それ以上のものは求めない・・・ところが「求めていない」という言葉を真に受けて今までどおりのものを作っていると大変だ。 外国から面白いものが来た途端、まるで子供のように飛びついてしまうのだから。

そういう黒船にこれ以上煮え湯を飲まされないように、日本メーカーのインハウスデザイナーも変わっていかねばならない。営業がいう「かっこいいデザイン」が自分のタスクだと限定せずに、お客様が欲しくなるプロセスを考え、商品デザインの上流から、ユーザー体験を実装していくことこそ、インハウスデザイナーの仕事だと考えるべきだ。

結果的に、今までよりもレンダリングする時間が減って、ポストイットを貼る時間が増えるかもしれない。自分が変わってしまうことは怖いけれども今が組織の転換期なのだと勇気を出して、社内で一番デザイン思考が得意なデザイナーらしい役割を果たしていこう。

2011年1月 8日 (土)

学びとは適応である

世の中は学びブーム。

なぜ人は学ばねばならないのかといえば、CHANGEするためだろうと思う。CHANGEは前向きな「進化」か後ろ向きな「退化」かはシチュエーション次第だが、環境が変化することに適応するのが生きるためには必要なのだから。

適応というのは、今までと違うものと交わって新しい答えを出す能力ともいえる。これは学ばなければ身につかない。文学では表現を、数学ではロジックを。他と交わり新しい答えを残すテクニックなのだ。

CHANGEできた種は生き残り、変われなかった種は消える。そういうことになっている。Photo_1_08_21_51_56

追記:

飽きっぽいのは悪いこととされてきたが、飽きるから変化が起こるのだと考えると、今、生き残っている生物全てにおける本質なのではないかと思ったりして。飽きて、変えて、飽きて、変えてを繰り返すことが出来る人は、多分生き残る。

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